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「風の少女エミリー」 第19話「エミリーの失敗」

アニメ「風の少女エミリー」レビュー。
原作とアニメの違いをあげていきます。


エミリーの詩、初掲載
<アニメ>
・「庭園と森林」を購入してから掲載を知る
<原作>
・「庭園と森林」の雑誌と一緒に、手紙で通知がきた

エミリーの詩を読んだエリザベス
<アニメ>
・「くだらない言葉遊びです」
・「一度くらい小さな雑誌に載ったからって、なんです」
<原作>
・詩を切り抜いて、自分の寝台のそばの小台においてある聖書にはさんだ

エミリー、ピーター・ドギアの追悼詩を書く?
<アニメ>
・エリザベス「小さな子どもに、そんな大役を任せるべきではありません」
・エミリー「やっぱり追悼詩に必要なのは、真実の響きなのよ」
・エミリー「きっと、そう(大酒飲み)なるには、重大な心の変化があったはずだもの。
 それは、きっと私のような、真実を見抜く目を持っていないと分からないと思うわ」
 (エミリー、あいかわらず自信満々だねぇ)
・エミリー「だれに見せても恥ずかしくない、感動的な追悼詩を書いてみせよう」
・ピーター・ドギアの取材をはじめる
・追悼詩を書きたくなくなる(「なんてつまらない一生なの」)
・エリザベスに怒られ頭にきたので、怒りに任せて詩を書く
 (なかなかのできばえだったようだ)
・カーペンター先生に詩を見せる
・エミリー「でも、先生は立派だと思うわ。ピーター・ドギアおじいさんとは違うわ」
・カーペンター先生「なぜそれが君に分かる?
 なぜピーターじいさんが酒におぼれたのか、だれも知らなかったのでは?」
・結局追悼詩を書くことになる?
<原作>
・ピーター・ドギアの「故人略伝」(追悼詩との違いが分からない)を書くのを断る
 (まだこの時は、エミリーの詩は雑誌などに掲載されていないのだが、なぜか頼まれている)

(エミリーの日記から)
そんなものを書くなんて、私の芸術を冒とくすることになる。
(中略)
「エリザベスおばさん、ミセス・ドギアのためにどうして故人略伝が書けますか。
 人を喜ばせるためだからといって嘘いつわりは書けません。
 ピーター・ドギアじいさんのことではなにひとついいことも、それから本当のことも書けないということはおばさんにだって分かってなさるでしょうに!」
そのとおりなのでエリザベスおばさんは閉口してしまった。


エミリーはのぼる」より

・エミリー、エリザベスがよけい機嫌を悪くしたため、むしょうに腹が立ち、思いのままに「故人略伝」を書く
・詩のできばえがとてもよく思えたので、カーペンター先生に見せたいという誘惑に勝てなかった
・カーペンター先生「しかし、こういうことは、やりがいのあることだろうかね、エミリー」
・エミリー、恥ずかしさと後悔で逃げ出して泣きたかった
・カーペンター先生「傷つけるよりも、傷をいやすほうがいいのだ。われわれ失敗者にはそれがよく分かるのだよ」
・エミリー「わたしのペンは傷を与えるためではなく、人をいやすためのものとする」と誓う
・しかしエミリーは、書いた詩を捨てずに、時々読んで楽しむことに
 (「捨ててしまうのはもったいない」ってエミリー、あんたって人は…)

エリザベス、エミリーに喝!
<アニメ>
・「あなたは約束したのです。ですから、どんなにいやな仕事であっても、やり遂げなければなりません。
 私は、ピーター・ドギアがくだらない人間だったとは思いませんが、もし、あなたが書かないで放棄するなら、それは、あなたが軽蔑しているピーター・ドギアと同じことをしようとしているのですよ」
<原作>
「あんたはいつもなんの役にも立たない、くだらないことばかり書いているじゃないか。
 人の役に立つことを書いたらよさそうなものだのに。
 そうすれば気の毒なメアリ・ドギアも喜ぶし。
 『私の芸術を冒とくする』が聞いてあきれるよ」


エミリーはのぼる」より

カーペンター先生の過去
<アニメ>
・物書きを目指した
・自分の目指した道の険しさに敗れて、ここ(ブレア・ウォーター)へ戻った
・(物書きを目指したが挫折して戻ってきたことを)だれにも言わなかった
<原作>
・若いころ優れた学生で、やがては大臣を目指していた
・しかし、大学のころ、道楽遊びにおぼれてしまい、身を持ち崩してしまった
・学校の子供たちも、カーペンター先生の過去を知っている
・ブレア・ウォーター出身とは書かれていない
第10話「夢を織る人々」から)

ちょっと余談(ネタバレかも?)

「風の少女エミリー」、徐々に原作「可愛いエミリー」から「エミリーはのぼる」の内容になってきました。

エミリーの詩が雑誌に初めて掲載されたのは、原作ではエミリーがシュルーズベリー高校へ入学した最初の年(エミリー14歳)。
投稿作品が不採用だった場合、そのまま返送されてくるので、封筒の厚さで採用されたかどうかが確認できました。
詩などを投稿する場合の流れがよく分からないのですが、雑誌に詩などの作品を投稿する際、不採用になった作品の返送費用分の切手を入れて、作品を投稿していたようです。
「庭園と森林」は、7度目の投稿先でした。

・イルゼ・テディ・ペリーが「庭園と森林」を買う

という部分は「風の少女エミリー」オリジナル。
シュルーズベリー高校については、「風の少女エミリー」では次回以降に語られるはず。

・78年前、4人兄弟の末っ子として生まれた
・家は貧しくて、ピーターはすぐ働きに出た
・いろんな仕事をしたが、どれも長続きせず
・この町に流れ着いたころには、ほとんど働くこともせず、結婚したばかりの妻を働かせていた
・妻の稼いだお金のほとんどは、ピーターのお酒に消えた
・死ぬまでその繰り返しの数十年
「あの人はすべてに見放されていた。やることなすことうまくいかなかった」
「それを乗り越えるだけの強さも持ち合わせていなかった」
「自分の人生をなんとかよくしようと努力していた。その努力の半分は、私のためにしてくれていると」
「あの人は、私の人生も自分の人生と同じくらい、大切に思ってくれていました」
「だから、最後だけでもあの人にいい思いをさせてやりたいと思った」

などのピーター・ドギアの生涯やミセスドギアのピーターへの思いの描写は「風の少女エミリー」オリジナル。

ピーターが酒におぼれるようになった原因。
「彼の人生を変えてしまった事件や物語がきっとあるはず」
「なんてつまらない一生なの。もっと劇的でなにかあると思ったのに」
人生経験未熟なエミリーには分かんないだろうな。
なぜ仕事が続かなかったのか、お酒を飲むようになったのか、そんなの本人にしか分からないし、そういうのって日々の生活のほんのささいなことからなんとなく…、ということがほとんど。
「ピーター・ドギアは、そういう奴だった」 ま、大人はこう結論付けるわな。
大人になると、人生なんてそんなにドラマチックなものじゃないことが分かってくるのですが、子どものエミリーには納得いかないかもね。

カーペンター先生の過去、「風の少女エミリー」でやっと語られた(少しだけだけど)。
調べてみたら第10話「夢を織る人々」で、エリザベスがカーペンター先生について言いかけてやめた場面が描かれているので、長ーい伏線だったわけ。

今回の「風の少女エミリー」、なんかうまいこと「いい話」で終わっていますが、原作はもっと人間の「本音の部分」が描写されています。
(TV視聴対象年齢を考えると、仕方ないのかな)


次回 第20話「青春の階段」
予告では、エリザベスがエミリーのノートを勝手に読んでひと騒動ありって感じ?


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